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東京高等裁判所 昭和28年(う)2911号 判決

控訴人 被告人 星野英誠こと李英誠

弁護人 島田勝三 外三名

検察官 入戸野行雄

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人島田勝三、同佐藤吉熊提出の各控訴趣意書及び弁護人塚崎直義、同村上信金連名提出の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

弁護人塚崎直義、同村上信金の控訴の趣意第一点について。

論旨は、原判決は原判示第二の麻薬の不法所持につき昭和二十三年法律第百二十三号麻薬取締法(以下旧法と称する。)第三条第一項に該当するものとなし、これに昭和二十八年法律第十四号麻薬取締法(以下新法と称する。)附則第十六項及び旧法第五十七条を適用しているが、原判示第二の麻薬については「モルヒネ塩類を含有する粉末〇、五瓦入一包」というのみで原判決挙示の全証拠によるも、右の含有量は全く不明である。しかるに旧法第二条第十二項の規定によればモルヒネ塩類の含有量が万分中五分以下であれば家庭麻薬としており、新法附則第十六項は旧法による家庭麻薬に関する違反行為に対しては旧法の罰則の適用を除外しているのであるから、本件については「旧法による家庭麻薬に関する違反行為」でないことが看取されない以上原判決が原判示第二の所為につき新法附則第十六項、旧法第五十七条を適用処断したのは審理不尽に基く理由不備及び法令の適用に誤がある、というのである。よつて按ずるに、原判決が原判示第二の所為につき旧法第三条第一項に該当するものとなし、これに新法附則第十六項及び旧法第五十七条を適用処断していることは所論のとおりであるが、当審における証人平瀬整爾の供述及び原判決挙示の警察技官細貝祐太郎作成の鑑定書並びに警察技官杉山忠一作成の鑑定書によれば原判示第二の麻薬はモルヒネ塩類を含有する麻薬であつて、稀硫酸を加えヨード酸カリウムの一小粒を加えた後クロロホルムを加えて振盪すると紫紅色を呈するものであつて、すなわち二〇〇ガンマー以上のモルヒネ塩類を含有するものと認められ、かつ各鑑定試薬はいずれも〇、一瓦であるから少くとも五百分中一分すなわち万分中二十分以上のモルヒネ塩類を含有することは計数上明らかであるから、本件麻薬は昭和二十七年五月二十八日法律第百五十二号による改正前の旧法第二条第十二項にいわゆる家庭麻薬に該当しないものといわなければならない。すなわち、所論はすでにその前提において失当であるのみならず、新法附則第十六項にいわゆる「旧法による家庭麻薬」とは右昭和二十七年法律第百五十二号により改正された後の旧法第二条第十二項所定の家庭麻薬、すなわち、千分中二分以下のコデイン、ヒドロコデイン又はこれらの塩類が検出され、これら以外の麻薬が検出されない麻薬をさし、右法律第百五十二号による改正前の旧法第二条第十二項所定の家庭麻薬をさすものでないことは右昭和二十七年法律第百五十二号が麻薬の取締を従前より更に一層強化し、従前の家庭麻薬のうちから千分中四分以下の阿片及び万分中五分以下のモルヒネをはずしてこれを一般の麻薬中に加え、新法もまたこれを踏襲し、たゞ家庭麻薬につきコデイン、ヒドロコデイン(新法にジヒドロコデインとあるのは化学名である。)含有量をやや緩和したに過ぎないことに徴すれば、おのずから明らかなところといわなければならない。畢竟論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 花輪三次郎 判事 山本長次 判事 栗田正)

弁護人塚崎直義、同村上信金の控訴趣意

第一点原判決には、審理不尽に基づく理由不備及び法令適用の誤がある。即ち判示第二の所為を、昭和二十三年法律第百二十三号麻薬取締法(以下旧法と称する。)第三条第一項に該当するものと為し、これに昭和二十八年法律第十四号麻薬取締法(以下新法と称する。)附則第十六項及び旧法第五十七条を適用したことがそれである。

判示第二の麻薬は、「モルヒネ塩類を含有する粉末約〇、五瓦入一包」であるが、そのモルヒネ塩類の含有量についての判示はなく、それについての審理の跡もない。又、原判決挙示の証拠によつても、右の含有量は、全く不明である。即ち、鑑定書の一つ(国家地方警察東京都本部刑事部鑑識課警察技官杉山忠一作成の昭和二十六年二月二十二日附のもの)によれば、「本品は、麻薬で、名称はモルヒネ塩酸塩と思はれるが、鑑定物件少量につき、融点測定をするまでには至らなかつた。」というのであり、爾余の鑑定書(国家地方警察本部刑事捜査研究所化学課警察技官細良祐太郎作成の昭和二十五年十一月十六日附のもの)によつても、「鑑定材料白色粉末中には、モルヒネ塩類を含有するものと認める。」とあるに過ぎないのである。

ところが、旧法第二条第十二項の規定によれば、モルヒネ塩類の含有量が万分中五分以下であれば、それを家庭麻薬としており、新法附則第十六項の規定は、「旧法による家庭麻薬に関する違反行為」に対しては、旧法の罰則の適用を除外しているのであるから、判示第二の麻薬におけるモルヒネ塩類の含有量についての審理不尽は、理由を不備ならしめ、且つ、法令適用の誤を惹起しているのである。

麻薬取扱者となるには、厚生大臣の免許を要し、それは、単に麻薬取扱者としての免許ではなく、(イ)麻薬輸入業者、(ロ)麻薬製造業者、(ハ)麻薬製剤業者、(ニ)麻薬小分業者、(ホ)麻薬元卸売業者、(ヘ)麻薬卸売業者、(ト)麻薬小売業者、(チ)麻薬施用者、(リ)麻薬管理者、(ヌ)麻薬研究者又は(ル)家庭麻薬小売業者として、それぞれの免許のあることを要し(旧法第二条)、各その業務の目的の範囲内に限り、所定麻薬の所持その他の行為を為し得るのである(旧法第三条第二項第一項第三項)。従つて、(イ)乃至(ヌ)の各麻薬取扱者は、家庭麻薬を所持することはできるが、それを麻薬取扱者以外の者に売り渡すことはできないのである。(旧法第三条第三項同第二条第十二項)。而して又、(ル)の麻薬取扱者でなければ、家庭麻薬を所持することも、これを売り渡すこともできない。(旧法第二条第十二項)のであつて、新法施行前のこの違反行為は、新法附則第十六項に所謂「旧法による家庭麻薬に関する違反行為」であるから、旧法の罰則の適用はないのである。

しかるに、原判決からは、「旧法による家庭麻薬に関する違反行為」でないことは看取されないのであるから、判示第二の所為に対し、新法附則第十六項旧法第五十七条を適用処断したのは、擬律錯誤である。かくて以上の諸点から、原判決は、到底破棄を免れないと謂うべきである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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